S状結腸ガンと子宮筋腫で入院する前の出来事…その1
今から6年前…
毎年この時期の9月21日から24日、連休と前後の有休を取得して、福島県会津若松市の会津まつりに合わせ、4泊の日程でひとり、旅を続けておりました。
常連だったこともあり、宿側も心得たもので、
「おかえりなさい。いつもの部屋を用意しときました」
と行く度に、あたたかく迎えてくれたものでした。
…ですが、6年前のその時期、ひと月前になるまで予約を躊躇い、いつもの宿は埋まってしまいました。
そして、空きのあった他の宿を予約しました。
その頃、これが最後の旅になるかもしれない…
そう覚悟しての決行でした。
体調の異変は、以前からありました。
遡って、暑い夏の時期、友人の知人である人物が、血液のガンでステージⅣ、両親は既に他界、見舞いに来てくれる身内はいない。それを聞き、気の毒であるがゆえに、遠方ではありましたが、自動車を走らせ見舞いに行ったものです。
自分も具合が悪かったのに、その頃はまだガンとは診断されてなかったので、無理を押して日々の生活をこなしてました。自分も相手には伝えなかったものの体調不調であったため、相手の気持ちを察するとこがあったのです。
片道一時間半を越す通勤時間…朝早く、夜遅くに帰る日々、そんな日常を繰り返しておりました。
ひと月以上続いていた微熱、ひと月以上便(排泄)もすることなく、定期的に吐くの繰り返し…
油断すれば膝から崩れ落ちそうな感覚…
疲労感…
このような状況なのだから、当然町医者には、ずっと通っておりました。
案の定、旅先の宿で磐梯山を眺めつつ、微熱で出歩けない…と寝込んでしまいました。
違う宿も悪くはないな…
ひそかに癒されてもおりました。
大好きな土地であったので、こんな状況でも充分満たされました。
そろそろ限界かな。
戻ったら、町医者に大きな病院を紹介してもらおう!
そう決断した時期でありました。
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